リスキリングについて考えてみた

世界でリスキリングが推し進められている。2020年1月、世界経済フォーラム、通称ダボス会議にて「リスキリング革命(Reskilling Revolution)」イニシアティブが発表された。デジタル革命から続く、第4次産業革命によりもたらされる社会や雇用の変化に対応するため、2030年までに10億人の人々がより良い教育、スキル、経済的機会を得られるようエンパワーメントするという目標が掲げられた。2023年1月に発表された同イニシアティブの報告では、発足から3年、すでに3.5億人以上の人々がリスキリングの機会を得ることができたとまとめられている。

一方、日本でも、2022年10月の岸田首相の所信表明において、リスキリング支援として5年間で1兆円の予算を配分し、人材投資を推し進める方針を述べるなど、今後リスキリングは加速していく流れだ。

日本を含め、世界で推し進められるリスキリング。本稿では、日本におけるリスキリングに対象を絞り、そもそもリスキリングとは何か?また、なぜ求められるのか?これらの問いを明らかにしつつ、日本でのリスキリング政策やその背景についても確認する。

1.流行語「リスキリング」

リスキリングという言葉をここ1年ほど、よく耳にするようになったのではないだろうか。「我が社はリスキリングに本腰をいれる」と自社の経営陣が意気込んでいる風景を見たという、ビジネスパーソンである読者もいるかもしれない。しかし、このリスキリングはひろく組織、労働者に影響を与えると考えられている。今後の政策がどのように進行するかにも左右されるが、リスキリングは自身のキャリアアップや所得の拡大につながる可能性を秘めている。ぜひ、注視して欲しい。

リスキリングとは何か

リスキリングには厳格に定められた定義は存在しないが、経済産業省が2021年2月に開催した『第2回デジタル時代の人材政策に関する検討会』の中で、リスキリングとは、「新しい職業に就くために、あるいは、いまの職業で求められるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と表されている。例えば、経済産業省の「第四次産業革命スキル習得講座認定制度(リスキル講座)」(*1)では、以下のスキル分野が対象となっている。

・AI、IoT、データサイエンス、クラウド

(デザイン思考、アジャイル開発等の新たな開発手法との組み合わせを含む)

・高度なセキュリティやネットワーク

・IT利活用(自動車モデルベース開発、自動運転、生産システムデジタル設計)

このような第4次産業革命やデジタル・トランスフォーマーション(DX)で変化する仕事の進め方や新しく生まれる仕事に対応できるスキルを獲得することを、一般的にリスキリングと表している。

(*1)高度な専門性を獲得し、労働者のキャリアアップ図ることを目的とした教育講座について、経済産業大臣が認定し、受講にかかる費用の一部を助成する制度。厚生労働省の「教育訓練給付制度」「人材開発支援助成金制度」と連携している。

リスキリングの特徴

また、リスキリングの特徴として、現在の組織内にある業務とは非連続的であるという点に注目したい。日本組織の人材育成の手法としてはOJT(On The Job Training)が取り入れられることが主流であるが、これは組織の中にある「いまある仕事」を習得させるもの(つまり連続的)である一方、リスキリングのイメージは「いまはない仕事」につながるようなスキルを習得させることである。つまり、新たな知やスキルを獲得することによって、変化に適応することに加え、新たな仕事をつくり価値を創出することを目的としているのがリスキリングであると言える。

2 . なぜ、リスキリングか

次産業革命やDXの波でリスキリングが進んでいると述べたが、それ以外にもあらゆる要因が絡み合っている。なぜ、リスキリングが求められるのか?賃金、労働市場、2つの観点から見ていく。

金が上がらない国、日本

リスキリングが求められる背景の1つ目は、賃上げが進まない現状だ。この30年間、日本人の賃金はほとんど上がっていない。アメリカやドイツなどOECD主要国の平均賃金は軒並み2倍前後の増加を見せているが、日本は横ばいだ。日本の場合、長らくデフレにより物価上昇こそなかったが、ここ数年は物価上昇に転じている。2023年3月の速報によると3.2%の物価上昇、特に食料に関しては8.0%の上昇が報告されるなど、国民の負担は増加している。物価上昇分を除した実質賃金においては、2023年1月の速報で−4.1%の減少となるなど、物価上昇に賃上げが追いついていない現状だ。

そこで政府は、リスキリングを通じて”構造的に”賃上げを図りたい考えで、IT、デジタルなど成長分野で活躍するために必要なスキルを獲得させ、賃上げを進めていきたいとしている。しかし、スキル獲得だけでは構造的な賃上げは難しく、あわせて考えたい事項が労働移動の円滑化である。

労働移動の円滑化

2つ目の背景は、労働移動の円滑化だ。日本では長らく、長期雇用を基盤とした、いわゆる終身雇用が一般的であった。しかし、トヨタ自動車の前社長、豊田章男氏が「終身雇用を守ることは困難」と述べ、経団連の前会長、故・中西宏明氏が「雇用制度の全般的な見直し」を指摘するように、産業構造や人口構造の変化など、変化の激しい現代においてはそぐわない雇用制度となっている。また、組織内でのイノベーションが起きづらく、結果として企業としての競争力が低下している現状がある。

そこで推し進めるのが労働移動の円滑化である。労働移動の円滑化とは、成長分野への転職や副業(複業)が活発に行われ、労働市場の新陳代謝を高めることである。事実、労働市場の円滑化が進んでいる社会であるほど賃金の上昇率も高く、生産性も高いという結果が指摘されている。

しかし、この労働移動が効果的になされるためには、リスキリングを通じてスキル向上、新たなスキル獲得が欠かせない。当然ながら、スキル不足・獲得できていない人材をただ移動促進させるだけでは、効果は限られる。

加えて、移動が促進される賃金制度を各組織で構築することも課題だ。現在、半数程度の組織で年功型の職能給制度が敷かれており、職務や専門性が給与に反映されにくい。今後政府は、「同一賃金同一労働」「ジョブ型雇用」など職務や専門性に応じた職務給制度を、各組織に応じた内容で進めていきたい考えだ

岸田首相は2023年6月までに、リスキリング、構造的賃金引き上げ、労働移動円滑化に関する指針をまとめるとしている

3.リスキリングの狙いとは

ここまでリスキリングが求められる背景について2つの観点からまとめてきた。ここではリスキリングの狙いについて簡単にまとめる。視点により狙いは異なってくるが、政策的観点から見れば、最終的な目的は構造的な賃上げである。「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」にあるように、リスキリングによるスキルアップを通じた労働移動の円滑化を通して、賃上げを図る計画である。

しかし、企業の稼ぐ力を強化できるかである。中期的な賃上げを達成するには各企業が競争力を高め、”稼ぐ”ことが必要だ。経済産業省が取りまとめた『人材版伊藤レポート2.0』にあるように、人事戦略を経営戦略と連動させながらリスキリング等教育を進めて人材投資を通して競争力強化を図ることが求められる。

4. リスキリングの課題は

最後にリスキリングの課題について、2つの観点から言及する。

1つ目が人々や組織がリスキリングを望むかだ。パーソル総合研究所が2019年に実施した『APAC就業実態・成長意識調査』によれば、中国や韓国、オーストラリアなどアジア14ヵ国・地域で行った調査によれば、自己成長のために学習等自己啓発に取り組んでいるか」という問いに「何もしていない」と回答した割合が各国2〜20%程度であるのに対し、日本人は46.3%が何もしていないと回答している。一方、組織においても同様に懸念があり、各国のGDPに占める企業の能力開発費の割合を国際比較したところ、米国は2.08%、ドイツは1.20%、英国は1.06%のところ、日本は0.10%と示され、日本企業の予算割合は他国に比べ大幅に小さいものとなっている。このような現状もあり、”教育慣れ”していない人々や組織を、リスキリングというムーブメントに巻き込むことができるか、1つの課題である。

また、先の課題と関連することだが、リスキリングによる格差が生じる可能性は否定できない。若手社会人の82%がリスキリングにかけられる費用は5万円未満と回答したとする調査があるように、各個人の所得、各組織間で提供される教育の格差などにより、学びたくても学べないという状況にならざるを得ない人々が一定数生じると考えられる。

以上、リスキリングとは何か、求められる背景や理由についてまとめてきた。冒頭述べたように、リスキリングはほぼ全ての社会人に何らかの影響をもたらす。これからの政策による部分もあるが、現在でも教育訓練給付制度など、労働者の自らの学びを支援する枠組みは存在している。本稿が今後のリスキリング政策に目を向け、自身の新たな学びに繋がるきっかけとなれば幸いだ。

執筆者

上田捷悟

Shogo Ueda

公認心理師

企業向け教育支援事業等に従事し、各組織の人材育成を支援。その後、合同会社Wiberoを設立。公認心理師。おしるこが好物。

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